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ぼたん雪の東京―昭和44年4月4日 [自分]

 この日を思い出したのは、
チョイノリさんのブログ記事のせいだよ。

まだ20歳。東京に出て3か月。
住み込みのラーメン屋さんを退出させられた日だ。
営業不振で、閉店すると告げられたのは
それより1か月くらい前。

わたしよりかわいそうなのは
北海道から東京に出て来て
1か月もたってなかった女の子

従業員募集を見てやってきたのに、
いったいどういうことなのかというと。

原因は早出手当てだしてほしいとか、
洗濯機を設置してほしいとか、
文書で要望したことだった。


もともとおじいちゃんの
道楽のようなラーメン屋だったので
ビルを管理している不動産屋の息子が
そんな文句を言う従業員を雇ってまで
店をやることはないと
じいちゃんに閉店を進言したためだった。

文書なんかで出さずに、
口頭で言ってくれればいいものを
といったじいちゃん。
職人堅気の爺ちゃんにとっても
こういうやりかたがショックだったらしい。

今のわたしならわかるが
若かった当時の私たちには
こういう形が当然だとおもっていた。
じいちゃんと息子はその要望に
閉店という形で答えたのだった。

間に立ってくれた人がいて、
行き先が見つかるまでは
部屋にいていいことになった。
働く場所は
なかなか見つからない。
手元には何の蓄えもないのだ。
なけなしの金で
北海道の女の子と一緒に
4畳半一間のアパートを借りた。

しかし明日からの生活費がない。
ラーメン屋で一緒だった人が紹介してくれた喫茶店に
しばらく日銭稼ぎでアルバイトに行った。

また、親切な新聞配達のお兄さんが、
いろいろ骨を折ってくれた。
ルームシェアの彼女は
病院の看護師さんたちのための
無認可保育所の補助員。
私は職業訓練校の職員組合の事務
に仕事を見つけてくれた。

思い出してみると
昔の人はずいぶん世話焼きな人が多かった。

そんなめども立ったところで、
やっと店の寮?から出ることになった。
タクシーに乗ってアパートに向かう時、
手に持っていたのは
小学校6年生の時に修学旅行で使った、
旅行鞄一つだった。

その年は雪が多かったが、
それにしても時ならぬ4月に
重たいぼたん雪が暗い空から落ちていた。

タクシーの窓に降りかかり溶けていく大粒の雪。
決まったとはいえ、二人とも
未知の仕事で、このさきのことに
不安でいっぱいだった。

進路変更の新しい門出。
忘れられないその日が
昭和44年4月4日だった。

窓にぼたん雪無題.png



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コメント 11

sigedonn

こんばんは。ご訪問&コメントに感謝です。
私がちょこっと東京へなびいていったのは46年だったかな。
バイト先の一つだった中華料理店にも地方出身の少女たちが住み込みでいましたね。
by sigedonn (2012-02-22 19:15) 

くぼたん

いいっ!最高の牡丹雪ですね
なごり雪なんかふきとばしてしまいたいくらい
東京の牡丹雪が思いだされます
東京にも雪が降るんだあ!って感情が・・・
( ^)o(^ )

by くぼたん (2012-02-22 20:00) 

えんや

なんか懐かしいって気持ちです。わたしも若かりしの「正義感、、、からの、、、」なんて想い出しました。
世間にも温もりはあったし、周りには空間もあったし、、、ね。
by えんや (2012-02-22 20:58) 

さきしなのてるりん

sigedonn>二年違いですね。どっかですれ違ってるかも。

クボタン>復活したね。アイコン。
       ぼたん雪より、涙雨に近いような切ない感情。

えんやさん>懐かしがる年齢になっちまったかぁ。って無性に
        若い日をうらやましく思う。
by さきしなのてるりん (2012-02-22 22:55) 

シラネアオイ

昭和38年3月希望に満ちて東京に着いた1年後には札幌に
ここで20歳を迎えた。
by シラネアオイ (2012-02-23 03:00) 

斗夢

ほんと、この頃は面倒見のいい人が少なくなった。
面倒を見られるのも嫌なんて人も増えたようだが。
絆ってなんですかね?
by 斗夢 (2012-02-23 05:56) 

JUN

その10年後にワタスは高円寺の6畳一間で一人生活を始めました。
居場所がなかった実家から開放されたワタスにしたら天国だったなぁ…
by JUN (2012-02-23 10:41) 

さきしなのてるりん

シラネアオイさん>わたしより6年前ですか?でも1年で故郷へ帰られた。やはりふるさとがよかった?

トムさん>絆ほどの強さはなくても、ちょっとおせっかいな人ですが、そういうちょっとがなかなか。もっとも、池田は結構おせっかいが多いかも。

JUNさん>こちらは10年後ですか。居場所ね。わたしも小姑になるのが嫌で、ということもあって家を出ました。



by さきしなのてるりん (2012-02-23 11:31) 

楽しく生きよう

読ませていただきました。
by 楽しく生きよう (2012-02-23 12:37) 

ちくわ

僕の20歳の春は・・・。
3度目の大学受験になんとかパス。
希望の大学に入ることができました。
何も言わず浪人させてくれた両親に感謝。
そんな春でした。

by ちくわ (2012-02-23 13:34) 

さきしなのてるりん

ちくわさん>昔のこととはいえ、よくぞ頑張りましたねぇ!わたしは勉強嫌いで、大学入学のために浪人することが、どんな思いをかかえることになるのかわからない。けど、まわりからおきざりにされるような焦りを感じたのじゃないかとお察しします。
by さきしなのてるりん (2012-02-23 17:28) 

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