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2017-03-28届いたメールに感動の涙 [雑感]

茶の間開設延期のご報告

家主のお婆さん(私のこと)が
手術入院して開かれた親戚会議で
茶の間開き延期が決定。
その夜、
3にんから心こもったメールが届いた。

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2017-03-15 チラシ制作打ち合わせで[プレゼント]日サプライズ [雑感]

ここ4日ばかり食事するとムカつき、
みぞおちが痛む。 
慢性十二指腸潰瘍というのがあるなら
それ。午前中ほんとは
議会傍聴に行くつもりだったけど
炬燵に入ってポスターの案を練っている。
午後からオープンイベントの
チラシをはなしあうことになっているので
体調整えとかないと。
チラシの原案はつくった。
これを叩き台にする。
KIMG0172~2.JPG
お腹すいてれば違和感ないんだけど
ちょっと何かはいると不調。
夕べもその前の日も
8じにはふとんにはいってる。
休むのが薬だから。
これ以上は悪くしないぞ。
さて実家に出掛けて
メンバーを待っていると
手作りの湯気が出ている
ケーキ持ってきたOさん。
ひとっきり打合せして一段落すると。影からごそごそ出てきたのは

明日がわたしの誕生日だといって、
バースデイケーキ
みさん、もさんありがとう。
自宅じゃ味わえない実家での誕生祝。
手作りの優しいケーキ、
かりん糖の疑似ろうそくに涙が出ます。
家にかえってツレに見せると
私以上に喜んだ。
いつもはそっぽ向いて
口にしないのだけど
ケーキを一口食べましたよ。
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「実家」の夢あきらめず [雑感]

町なかのにぎわいを取り戻そうと、
町が考え付いたのは安易な箱もの。

町民が署名で求めたのは、
無くなってしまったスーパーの跡地に
買い物の場の確保。

この運動で、策定委員会が作られ、
さんざ議論の挙句、
買い物商業施設と交流センター事業を
二分して建設しようとなった。
交流センター策定委員会はこの2月に終了。
交流センターと道路建設計画は
財政計画を多少縮小したとはいえ、
町の言い分をほぼ認める形になった。

問題は残された買い物の場の建設事業だ。
別途に立ち上げられた検討委員会は
きわめて安易な人選とわずかな人数によるため
アイデアもほとんど目新しいものはなく4回の議論で休会。
この委員会には私も参加しているのだが、
夢物語のような話に体を乗り出す人もなく、
全く孤立無援。
町はスーパー跡地の持ち主の所有物である
蔵を残して活用するところまでは認めた。
しかしそのあとの一手は
金融機関の移転誘致。
駐車場の確保のため、緑地はほとんど残らない。
その場を使って今やっている朝市の大型版開催。
をイメージしている。
コンクリートの地べたで野菜を売ってもなぁ。



わたしのイメージは緑地と現在ある建物利用で、
「実家」の台所(食事処)―茶の間(休憩所)―畑(売り場)。
の整備。お金をかけない究極のエコ建設。

取り組む母体はNPOを念頭に、
有志の集まりを持とうと10人余で4回の会合を試みたが
私以外積極的な人もなく、
わたしがツレの病気でしばらく無理ができないと伝えて以来、
パタっとだれからも連絡が途絶えた。

わたしもツレのウツ再発が
私のこの取り組みのストレスによるとしたら、
身動きが取れない。

しかし、
念ずれば通ずとか、夢はかなうとか。
決してあきらめない―そう決めている。
「実家」の居場所づくりは
死ぬまでの課題なのだからと。

― ずっとくつろいでいられる、
懐かしいおふくろの味を思い出す所。

御近所の縁側でおしゃべりするような気安さで
買い物のついでにお茶を飲んでいくところ。

実家の畑から採れたての無農薬有機野菜
安く分けてもらって
ついでに足りないものを買っていくところ。

一人で食事はつまらない。
みんなで同じメニューを頼めば割安になると
台所で料理したりされたりするところ。

そんな中から、
昔ながらの郷土料理が再発見され、
展望ウォーキングできた都会の人も
ぜひ食べてみたいと寄ってくれるような
「実家」ができたらいいなぁ。

この夢、
見当違いのところをアタックしてるのかしら。
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ケアホームは6月中旬、ツレの退院に合わせて退職します。
このため、ケアホーム記録を綴ってきたこのブログは終了します。
代わりに
「てるりん菜園」にツレの様子などを紹介しながら
居場所づくりの記録もしていきます。
これまで同様
お付き合いいただけますようご案内いたします。
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ブログ休業宣言。 [雑感]

ケアホームの仕事を4日から3日に減らしてもらった。
畑の仕事が始まるのと、
町なか再生の運動が本格化することを見越しての措置。
しかし、甘かった。
ゆうきの畑と、自分の菜園と、
そして本命の町なか再生企画。
どれもこれも下ごしらえにかなりの労力、精神力を要する。
これは早い時期にケアホームを
やめなければいけないかもしれない。

このところのIDパスワードトラブルで
WEBで問い合わせすれどメール届かず。
時間もとれず、
今日やっと電話で問い合わせ
やっとの思いで記事アップしている。
しかし忙しさと相まって、ブログ記事アップの戦意喪失。
このブログはしばらく休業させていただきます。
備忘録として「てるりん家庭菜園」に記事を上げていきますが、
コメント、返信などはできないと思います。

長らくお付き合いいただいた方には大変申し訳ありません。

町なか再生企画が本格始動して
ブログが必要になりましたら、
また皆さんのところにお伺いいたします。
カテゴリが変わると思いますが、
その時はまたお付き合いのほど
よろしくお願いいたします。


2年半になりますが、
本当にありがとうございました。
皆様のブログ記事のより一層の充実とご健康を祈ります。

(名残惜しいです)
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事故前と後の放射能汚染安全基準 [雑感]

昨日の記事で思い出したのが土壌汚染の話。

以下、ドイツの研究者の報告抜粋。

放射能の土壌汚染について、
福島原発事故をチェルノブイリ
事故と比べる
Dr.Frank Brose, Berlin.

最高の土壌汚染は1400万ベクレル(双葉郡浪江町)です。
ご存知のとおり、20 キロ圏内について、
住民が3月の下旬に避難しなければなりませんでした。
それでは本当に不十分です。
これから、30~40キロ圏内にある
いろいろな市町村に住んでいる住民も避難し
な ければなりません。
チェルノブイリとその周辺と比べれば
福島原発周近の土壌汚染はそれと等しいです。

セシウム137の 最高の土壌汚染は
福島原発第一号の近隣で1400万ベクレル/平米です。
1986年にチェルノブイリの周辺の最大値は1470万ベクレルです
(ノヴォジェレナ村)

ドイツで有効な放射能の限界線は下記のとおりです
「連邦放射線保護庁(Bundesamt für Strahlenschutz)」。
- 放射能の限界線量(住民)は1年間当たり1 ミリシーベルト/年

作業員の放射能の限界線量は1年間当たり20ミリシーベルト/年。

2001まで1年間当たり1.5と50ミリシーベルト/年でした)。

つまりドイツはチェルノブイリ以後基準が厳しくなった

- 長期の疎開についての基準値は年当たり100ミリシーベルト/年です。

* 米国の放射能の限界線量は12.5ミリシーベルト/3月です(= 年間
50ミリシーベルトです)。

「労働安全衛生庁「Occupational Safety and Health Administration(OSHA)」。

* 日本では新しい最大限界線量(子供)が20ミリシーベルト/年です
(福島原発の事故の前に、放射能の限界線量(住民)は1ミリシーベルト/年でした)。

つまり日本は基準が甘くなった。

二国のこの違いが原発推進と自然エネルギ転換の
政策の違いになってるのか。

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